思考力の本質と自由への道 | クリシュナムーティの教え

すべての出来事をただ何気なく眺めただけで捨ててしまわずに、それを一瞬一瞬徹底的に考え、すべての反応を十分に理解するときのみ、あなたは自由になるのです。すべての思考と感情が完結し、最後まで考え抜かれたときにのみ、記憶の蓄積から解放されるのです。「自我の終焉 P362 クリシュナムーティ」

私たちは、今、自分の前で起こっている出来事を見ているようで見ていません。自分の経験の蓄積である記憶から思考しているだけです。ここでいう記憶は「感情の記憶」です。だから思考は古いものです。思考は自分だと思っていますが、思考は単なる記憶に過ぎません。

今、自分の目の前で起こっている新しいことを、この古い思考でぼんやりと眺め、やり過ごしているのです。「今にいる」のに「過去にいる」のです。

だから、本当は目の前に輝かしい、色鮮やかな出来事が起きているのに、古いものを通して見ているので、すべての出来事がくすんで見えているのではないでしょうか。古いものを通して色鮮やかなものを見ようとして、より刺激的なものを求めます。しかし、色鮮やかなものは新しいものを通して見れるものであって、決して古いものからは見ることができません。

古いものからは創造は生まれません。新しいことが創造的であることです。この創造こそが幸福です。

私たちは、思考で、絶えず何かになろうとしています。思考が働き続けている限り新しいものを吸収していきます。思考は古いもので、古いものが新しいものを呑み込んでいくのです。思考に終止符をうたない限り、新しいものは生まれません。

「今に在る(Be here now)」とは、今この瞬間の思考の過程を徹底的に考え、反応を十分理解することなのだと、はっきりわかりました。

この思考の過程が完全に理解できたとき、思考は終わり、つまり古いものは終わり、新しいものが生まれるのではないでしょうか。そこには創造があり、幸福があります。

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