身延山久遠寺

毎年、お彼岸に山梨にある身延山久遠寺にお参りに行っています。


今回は3月16日から18日までです。ちょうど17日が彼岸の入りです。彼岸とは、仏教行事である「彼岸会」が行われる時期です。春分の日を中心に、前後3日ずつを含めた7日間が春彼岸にあたります。この期間中は、先祖の墓参りをして供養を行うとともに、自身の修行に励むことが大切とされています。春彼岸の中日には、精進料理を食べる習慣があり、ぼた餅やおはぎ、彼岸団子なども食べます。この時期は、昼夜の長さがほぼ等しくなり、自然の変化が感じられる時期でもあります。仏教では、春彼岸の時期に修行に励むことで、悟りへの道が開けると考えられてきました。現代でも多くの日本人が大切にしている仏教行事であり、先祖を敬い、自身を見つめ直す機会となっています。

私は、この時期に山本坊(宿坊)にお世話になっています。宿坊というと敷居が高い感じがすると思います。私も友人とこの山本坊に泊まるまでは、特別な人しか泊まれない特別な場所だと思っていました。実際行ってみると全然そんなことはありません。お寺という以外は普通の宿と変わりがありません。とても静かな空間なので、日頃の喧騒から離れることが出来、私にとっては半年に一度自分と向き合う良い機会です。食事付きでいつもお願いしていますが、とても美味しいです。


久遠寺では朝のお勤めがこの時期朝の6時からあります。この時期はまだ外が暗く、ピンと張りつめた空気の中の大太鼓の音は、本当に身が清まる感じがします。たくさんのお坊さんとお経をお唱えし、日頃の煩悩から離れる貴重な時間です。この本堂へは、いつも菩提梯と呼ばれる287段の石段を登ります。この石段は「南無妙法蓮華経」になぞらえて、踊り場で7区画に分かれています。この石段を登ると涅槃の本堂に至ると言われています。私はこの石段を登るときに「自分の人生と同じだ」という思いで登っています。生まれたら死ぬまで、どんなことがあっても生ききらなければいけません。この石段も登り始めたら最後まで登らなければなりません。生きていると辛いことや悲しいこともたくさんありますが、石段を一歩一歩登るように、毎日毎日を精一杯生きなくてはいけないと改めて思います。


境内の樹齢400年の桜が咲き始めました。いよいよ春本番です。


今回は、お参り以外は外に出ず、ずっと山本坊で過ごしました。宿坊はとても静かな空間で、自分が穏やかになります。今回私が思ったのは「感謝」です。自分は一人では生きていけません。色んな人との関わりがあってこそ、生きられているのだと思いました。特別なことがあったわけではありませんが、何となくそう感じました。そうした自分の今の気持ちを記録しておきたく、久遠寺の休憩所でこのブログを書いています。


偶然、この休憩所の入り口に日勇上人のお言葉がありました。「自分の在り方を反省する」「私は善人でありたい」という言葉が、心に刺さりました。


これから正午のお勤めに出て、またお経を唱えます。人に感謝の気持ちを持って、改めて日々を大切に生きていきたいと思います。宿坊に興味がある方がいらっしゃいましたら、ぜひコメントください。

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